栗原研究室
早稲田大学理工学部物理学科
早稲田大学大学院理工学研究科物理学及応用物理学専攻
〒169-8555 東京都新宿区大久保 3-4-1 55号館N棟 03-04B

超伝導 --- マクロな量子現象

早稲田大学理工学部物理学科
栗原 進


「超伝導 マクロな量子現象」 pdf版



1 序

超伝導とは,ある種の導体が低温で突然電気抵抗を失うと同時に,それ まで導体を貫いていた磁力線を外側へはじき出してしまうという,実に不思議な現象である。 この現象の解明は,物理学の中でも難問中の難問であったが,その解決のもたらした科学的成果もまた大きかった。 多くの新しい概念が生み出され,それらのいくつかは物理学の他の分野の研究においても,全く意外な,しかし非常に本質的な発展をもたらした。 また,超伝導の性質の中には他の何物を持っても代え難い,ユニークなものも多く,さまざまな応用が考えられている。 いくつかの技術的困難が克服され,超伝導が産業や生活文化の根幹に根付く日も,21世紀に入ってそう遠くないかも知れない。 ちょうど,半導体を用いたエレクトロニクス機器が,今日のわれわれの生産・消費・文化などあらゆる活動に不可欠になっているように。

超伝導が発見されたのは,80年近くも前のことであり,電子の世界で 実際に何が起こっているのかが理論的に解明されてからでも,すでに30年もたっている。 現在では,物理学者達にとって,この現象の本質はもはや謎ではないが,日常の感覚と超伝導という芝居の舞台裏である量子力学の世界とのはなはだしい隔たり のせいもあり,感覚的なレベルでつらつら考えると,やはりとても不思議な現象であることには変りはない。

超伝導状態になると,なぜ電気抵抗が消え,磁力線が排除されるのだろ うか? 超伝導について多くの人が抱く疑問である。 これらが超伝導という現象の,もっとも非日常的で不思議なところだから当然のことである。 これに対する答が,疑問それ自体と同じくらい素朴で簡潔なものであれば良いのだが,実際にはいささか準備を必要とする。 超伝導の本質が,ミクロな世界に特有の法則 --- 量子力学 --- なしには語れず,しかもこの法則がニュートンの力学法則と異なりわれわれの直感になじみにくいものだからである。

本稿は,この超伝導の本質を,数式を全く用いずに語ろうという試みで ある。 超伝導がどのようにして発見されたか,超伝導とはそもそもどんな現象であり,何がおもしろいのか,現象の背後にどのような自然界の法則が働いているのか, この現象の理解は物理全体に対しどのようなインパクトを与えたかなどについて,できるだけやさしくお話するつもりである。

超伝導の本質は何か,簡単に言えないものだろうか。 その答を今ここ に書いてみても,あまり意味はないであろうが,これからの長い話のポイントがどこにあるか,何を理解すれば,超伝導の本質に触れたことになるのか全く解ら ないままに読み進むのは,どうにもじれったいことだと思われるので,乱暴なのは承知の上で,とにかく書いてみよう。

超伝導とは,電子間に引力があるとき,そのメリットを最大限に生かし て全体のエネルギーを下げるために電子たちが演ずる巧妙な集団演技である。 電子たちは2個づつ,クーパー対と呼ばれる束縛対を作って引力のメリットを最 大限生かすと同時に,全ての対の運動が完全にそろう,全く新しい秩序を作る。 このため原子・分子の世界をはるかに越えて,肉眼で見ることの出来るマクロな物体がミクロな世界特有の秩序 --- 量子性 --- を示すという希有のことが起こる。 この状態では電子は気体分子のような乱雑な運動をすることは許されず,電流は秩序正しい集団運動により運ばれる。 この超伝導特有の電流はオームの法則に従う普通の電流とは本質的に異なる性格を持ち電気抵抗もジュール熱も伴わない。 また,磁場の侵入を許すと引力の得が台無しになるためこれらを排除するというめざましいしい現象も起こる。 このような秩序状態が超伝導に他ならない。

解りにくい表現があると思われるが,超伝導の本質を理解するための キーコンセプトにはいかなるものがあるかをあらかじめ予告する文としてお考え頂きたい。 逆に言えばこの駄文のほとんどを読み飛ばしても,上の文章の意味がとれる程度に拾い読みしてくだされば,超伝導の中心的な概念に触れたことにはなるという わけである。

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2  超伝導とはどんな現象か

2. 1 ヘリウム液化と超伝導の発見

超伝導が発見されたのは,80年近くも前の1911年,オランダのラ イデン大学の実験物理学者カマリング・オネス(Kamerlingh Onnes)の研究室でのことであった。 この今世紀の大発見の栄誉がオネスに帰することになったのは,決して偶然ではない。 彼は,その少し前の1908年にヘリウムガスの液化に初めて成功した人であった。 これにより,彼は絶対温度(絶対温度とは,日常用いられる摂氏目盛とス ケールは同じであるが,原点が低温側に273.15度だけずれた温度目盛である。 その単位は,イギリスの理論物理学者ケルビン卿にちなんで Kelvin と呼ばれ,Kと略記される。)で数度という,人類未踏の極低温領域への鍵を手に した。 これは,現在もなお大きな発展を遂げつつある低温物理学の幕開けでもあった。

やかんやお風呂から出た水蒸気は,窓ガラスなどで冷やされると小さな 水滴になる。 このように,普通の気体は温度が下がると熱運動が分子間力に打ち勝てなくなって,凝縮し液体になる。 家庭用の冷蔵庫とおなじ原理を利用して,ほとんどの気体が液化,固化された中で,ヘリウムだけは,頑強に液化を拒んでいた。 希ガスの一種であるヘリウムは,原子間力がきわめて弱いため,もともと凝縮しにくいうえに,水素の次に軽い元素なので量子力学特有の零点振動と呼ばれる運 動が活発で,他のいかなる気体よりも液化しにくかったのである。

オネスは,ヘリウムを液化することによって,当時の世界でただ一人, 絶対温度1度までの極低温の世界を手に入れたのである。

彼は,液体ヘリウムを用いて水銀を冷やすことにより,金属の電気抵抗 が低温の極限でどのようにふるまうか観測しようとした。 実験の動機の一つは,理論家の予言にあった。 当時の指導的理論家だったケルビン卿は,絶対零度に近づくとき金属の電気抵抗が際限なく増大すると結論していたのである。 気体分子1個あたりの平均の運 動エネルギーが絶対温度に比例するという古典論の法則にもとづけば,電子の平均速度は絶対温度の平方根に比例して小さくなり,絶対零度では全ての電子が静 止してしまうためどんな金属も絶対零度では電気抵抗が無限に大きい理想的な絶縁体になってしまうと言うわけである。

優れた実験家であったオネスはこの議論に何か直感的な違和感を覚えた のかも知れない。 金属の電気抵抗は高温から絶対温度に対しほぼ直線的に減少するが,低温では減少のスピードが鈍る傾向が見えていた。 これがこの先どうなるのか--- ゆっくりゼロに近付くのか,有限値に近づくのか,それとも,ケルビン卿の言うように増加に転じて無限大に向かうのか? オネス自身は第一の可能性がもっともありそうなことだと考えていたらしい。

実験の結果は,そのどれでもなかった! 電気抵抗は新しい低温領域でも温度の下降とともにしばらく減少を続けたが,4.2K(ケルビン)で突然ゼロになってしまったのである! 図1を 見ていただきたい。 じわじわと,ではなく,突然電気抵抗が消えてしまったのである。 言いかえれば,電気伝導度 (電気抵抗の逆数に比例する物質定数)が突然無限に大きくなってしまったのである。 彼がこの現象を超伝導と名づけたのはたいへん自然であった。


図1水銀の電気抵抗 (テキストに戻る)

オネスがプロットしたデータ。水銀の電気抵抗が、絶対温度4.2度で 突然にゼロになる。

図1


自然現象は,何か特別な理由のない限り連続的に,しかも滑らかに変化 するのが普通だから,よほどのことが起こったに違いない。 しかも,温度を再び上昇させる時,電気抵抗はおなじ曲線上を戻り,4.2Kを越えると,もとの 有限値に戻ることも確認された。 つまり変化は可逆的であり,低温の電気抵抗ゼロの状態は熱力学的に安定な状態であることも解った。

オネスはさぞや驚いたことだろう。 これは一体何が起こったのであろうか?こんな現象は今までに見たことも聞いたこともない。 電気抵抗がゼロになったように見えるが,これは本当にゼロなのか,それとも有限だけれど測定できないぐらい小さいということなのか? いずれにしても,電子が急に散乱を受けなくなって抵抗がなくなったように見える。 ふーむ,不思議だ! 何か,とんでもないことが起こったようだ。

こんな考えが彼の頭の中をかけ巡ったかも知れない。 この時彼をとらえたであろうさまざまな疑問が正しい答を得るまでに,実に,46年もの歳月が必要だったのである。 この,異例ともいえる長い時間が,超伝導の本質と20世紀初頭の物理との距離を実に端的にあらわしている。

超伝導が通常の金属において電子の散乱が起こりにくくなった極限であ るという理解の仕方には,概念的にかなり無理がある。 一般の,連続的な値をとり得る物理量が,ゼロや無限大,あるいは,ある単位の整数倍など,特別な値に固定されるときには,何か新しい状態が実現し,その物 理量を決定している機構そのものが変化した見るのが多くの場合正しいのである。

2.2 マイスナー効果

超伝導状態が,単に電流を無限によく流すだけではない,本質的に新し い電子状態であることが,オネスの発見から20年あまり後,マイスナー効果の発見によって決定的に明らかになった(1933年)。 超伝導体が弱い磁場の中に置かれた時に磁力線をはじき出すという,これまた極めてめざましい現象である。

図2 を見ていただきたい。 普通の物質は磁場をよく通す。 その際,真空中よりも数多くの磁力線を集めようとする性質(常磁性と呼ばれる,図2-a) を持つ物質や,真空中よりも磁力線の数をすくなくしようとする性質(反磁性と呼ばれる,図2-b)を持つ物質がある。 それぞれの場合,磁場は真空中よりやや通りやすかったり,やや通りにくかったりするわけだが,真空中での値に対する変化の割合は,実は極めてわずかなもの である。 図2-a,bは,何が起こっているか解りやすくするために磁力線の曲がりをかなり誇張して書いてある。 もし正確にに描いたなら,常磁性体,反磁性体いづれの場合もまっすぐな磁力線に貫かれているとしか,見えないことであろう。


図2 (テキストに戻る)

左から、a 常磁性、 b 反磁性、c 完全反磁性(マイスナー効果)

2


ところが超伝導体の場合には,ある限界値(臨界磁場と呼ばれる)より も小さい磁場は,完全に排除されてしまうのである。(図2-c) 言いかえれば超伝導体とは,磁力線にとっては無限に入りにくい物質だと言うことにもなる。 この性質は,上に述べた反磁性が最も極端な形で現れたものと見ることも出来るため完全反磁性とも呼ばれる。 このマイスナー効果については,小学生もその不思議さにとらえられるほど簡明で直接的なデモンストレーションが可能である。 超伝導体の上に磁石を近付けて手を放すと,あら不思議! 磁石が空中に浮くという実験である。 (図2-d) これは超伝導体に入り込めなかった磁力線が磁石と超伝導体の間で丸められ,その歪みのエネルギーと,磁石を地球の中心方向に引っ張ろうとする重力のポテン シャルエネルギーが釣り合うために浮くのである。 これが超伝導にともなう現象であることは,すぐ証明できる。 超伝導体を少し温めて超伝導状態から正常状態に移ると,磁力線が金属中に入ってその変形エネルギーが無くなってしまうので,もはや磁石の重みを支えるもの は何も無くなり,磁石は金属の上に着地する。 手品の種は超伝導にともなうマイスナー効果という訳である。 最近の酸化物高温超伝導研究ブームのおかげで,このセットアップもすっかり有名になった。

結局,現象面で超伝導体を特徴づけるとすれば, 電流は無限に流れやすいが,磁場は無限に入りにくいという,極端な性質をあわせ持った物質ということになる。

2.3 超伝導体の磁気的な硬さ --- 弾性体との類似性

これは,超伝導体が磁気的に見て,異常に''硬い'' ことを示唆する。 ここで何を言っているかをわかっていただくために,弾性体を想像していただきたい。 われわれが目にする物質はたいてい弾性を持っている。 引っぱったり押したりすると,その力に比例した伸び縮みが起こる。 硬いものほど同じ力に対する変形は小さいが硬さ(剛性率という)に逆比例する小さな変形をする。 もし,押しても引いても全く変形しないならこの物体は無限に硬いと言うべきであろう。 このような無限に硬い固体は実在はしないが,概念上便利なこともあるので剛体として知られている。

磁場と超伝導体の話に戻ると,磁力線も磁性を持つ物質も,目に見えな い磁気的な弾性体と見ることもできる。 通常の物質は磁力線を少しゆがめながら,自らも磁気的な変形(磁化という)をする。 磁力線をゆがめると弾性体の場合と同様磁場の変形エネルギーが上がるが,物質が磁場と平行又は反平行に磁化することで物質・磁場相互作用エネルギーがより 大きく下がるのでこのようなことが起こる。

ところがマイスナー効果の場合,磁場が全く入り込めないのだから,こ れはいわば磁気的には無限に硬い剛体である。 超伝導転移と同時に起こるから磁場を排除しているのは間違いなく電子である。 磁場を排除するには,超伝導体のまわりの磁力線を大きくゆがめなければならないから,そのエネルギー・コストを支払っても余りある,より大きなエネルギー のもうけが超伝導状態になければならない。 磁場が全く入らないと言う事実は,このエネルギーのもうけの機構が磁場と磁化との相互作用ではなく,超伝導体自身の中にあることを示している。

この''硬さ''はどこから生じるのだろうか? 参考のため再び弾性を考えると,固体の弾性体としての硬さは,原子が規則正しく並んで結晶の秩序ができたために生ずる。 超伝導の場合にも,やはり電子系になんらかの秩序が発生したように見える。 いわば,電子たちが超伝導体の端から端まで強固なスクラムを組んで,自分達にとって住み心地の良い(エネルギーの低い)超伝導状態を磁場から守ろうとして いるかのごとくである。 超伝導の第一の特徴であった電気抵抗がないという事実も,この秩序と深く関係するのである。

オネスは超伝導の理論的解明を,当時発展途上にあった量子力学に期待 したらしいが,この点においても彼の直観は正しかった。 実際,乱暴にも序論の最後に書いてしまった超伝導の説明文も,量子力学の言葉を用いている。超伝導を理解するためには,どうしても,いくつかの量子力学的 概念を頭の中に用意しておく必要があるのだ。 そこで,超伝導性を示さない,臨界温度以上の金属の状態から見てゆくことにする。 少し回り道と思われるかも知れないが,なにせ解決までに半世紀近くかかった難問なので,いかに細部をそぎ落し,厳密さを犠牲にしても,やはり多少の準備は 必要である。 どうかしばらくのご辛抱を!

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3 金属の正常状態

3.1 常伝導電流とオームの法則

われわれは今日,照明,動力といった19世紀以来の分野から,コン ピューターによる情報処理まで,ほとんどあらゆる面で電気・電子機器のお世話になっている。 ところで,これらの中を流れる電流は,一部の半導体素子などを除き,ほとんど全てオームの法則に従う,良く知られた流れ方をする。 導体の両端の電圧は電流と電気抵抗の積にひとしいという,あの法則である。

電気が流れる現象は,水の流れと比較すると直感的に把握しやすい。 水は高きから低きに向かって流れるという格言めいた言い方が昔からあるが,実際,重力がある場合,高低の差は水流を引き起こす。 水が傾いた管の中を流れるとすると,管の断面積が広いほど,また,管の両端の高さの差が大きいほど流量が増える。 もし,管の中にごみが詰まると,ほかの条件がおなじの場合,水が流れにくくなる。 言いかえれば水流に対する抵抗が増える。

電流も電位の差(電圧)によって生ずる。 電流が電線の中を流れる場合を考えると,電線が太いほど,また,電線の両端の電位の差が大きいほど電流が増える。 もし,電線の中に不純物や結晶秩序の乱れなどの''ごみ''があると,電流が流れにくくなる。 つまり電気抵抗が増える。学校で,オームの法則として習ったように,この場合,電圧と電流は比例する。 流れにくさをあらわす電気抵抗は電圧を電流で割った値として定義される。 電気抵抗は,大まかにいえば,電流と''ごみ''との摩擦と見ることもできる。 したがって,電流にともなう摩擦熱 --- ジュール熱 --- が必ず発生する。 このようにオームの法則に従い,必然的にジュール熱の発生をともなう電流を常伝導電流という。 また,超伝導でない普通の金属の状態を正常状態または常伝導状態と呼ぶ。

しかし電流と電圧の比例関係という,この単純な法則の本当の意味す ら,超伝導発見当時には,まだ解っていなかった。 超伝導の発見のところに書いた,ケルビン卿の予想が正しくなかったのはそのためであり,当時の物理学の限界であった。 普通の針金の従う,このありふれた法則も,実は,量子力学なしには理解不能だったのである。

3.2 排他的な電子 --- パウリ原理とフェルミ分布

固体におけるさまざまの現象の主役は電子である。 固体の色,電気の通りやすさなど,さまざまな性質は,ほとんどの場合,電子によって決められている。

電子,陽子,中性子は,われわれの最も身近にある素粒子であり,われ われ自身の体を含む全ての物質はこれらから作られている。 これらは質量も電荷も異なるが,ある一つの性質 --- 統計性 --- は共通で,フェルミ粒子という仲間に属する。

統計性とは,同種の粒子が多数存在するとき,許される運動状態にそれ らを割り振るきまりのことである。 金属中の電子を語る時にはどうしてもこれを省いて進むことはできない。 そこで,統計性について短くまとめてみよう。

全ての素粒子は,スピンという,自転に似た固有の量を持っており,そ の値は 0,1,2,3,…(整数)か,又はそれに1/2を加えた1/2,3/2,5/2,…(半奇数)の いずれかに限定されている。 半奇数スピンを持つ粒子は,イタリアの理論家エンリコ・フェルミ(Enrico Fermi)にちなんでフェルミ粒子と呼ば れる。 電子,陽子,中性子など物質の構成要素は,スピン1/2のフェルミ粒子である。 一方,整数スピンを持つ粒子は,インドの理論家チャンドラ・ボーズ(Satyendra N. Bose)にちなみボーズ粒子と呼ばれる。 この仲間には,光子(電磁場の量子),中間子(核力場の量子)など,相互作用を伝える粒子が含まれる。

素粒子は最も要素的な存在だから,おなじ種類の粒子同志は原理的に区 別が出来ない。このため,同種粒子系がとり得る状態を数えあげてようとする時,量子の世界のきわだって不思議な特徴が現れる。

フェルミ粒子の場合,1つの運動状態は,ただ一つの粒子しかとること が許されないという,厳しい掟がある。 自然界にこのようなきつい御法度があることを見抜いたのはボルフガング・パウリ(Wolfgang Pauli)だっ たのでこれはしばしばパウリ排他律と呼ばれる。 擬人的に言えば,フェルミ粒子は極めて自己主張と個性が強く決して他人とは同じ屋根の下に入らないという極めて排他的な性格を持っている。

これと全く対照的なのがボーズ粒子である。 この場合,1つの運動状 態を何個の粒子が占めても構わない。 いわば,付和雷同型というか,極めて融和的で一つ屋根の下に無限に仲間を入れてしまうという協調的性格を持っている。

今,指でらくにつまめるほどの大きさの物体を考え,その性質を研究し ようと考えたとする。 このなかには電子もイオンも1モル程度(その10倍であろうと10分の1であろうとその辺はどうでも良い)あることだろう。 低温では物質はなるべくエネルギーの低い状態をとろうとするはずだから,物質の性質を理解する研究の第一歩は,最もエネルギーの低い状態(専門の言葉では 基底状態という)がどんなものかを知ることである。

ここで統計性が本質的に重要な意味を持ってくる。 話を出来るだけ単純にするために,相互作用が全く存在しない粒子系 --- 理想気体 --- を考えよう。 この場合,エネルギーは運動エネルギーそのものであり,運動状態は速度 v (あるいは,粒子の質量をmとするとき運動量p = mv )を用いて指定できる。 一番エネルギーの低いのは,とうぜん止まった状態v=0である。 だから,多粒子系のエネルギーを最小にするには,全部の粒子を静止させれば… 良い…?

待った! ここが問題である。 上の統計性の話を,ここで思い出していただきたい。 ボーズ粒子の場合にはその協調性の故にこのような配置が許され,まさにこれがエネルギー最小の状態となる。 ところが物質中の主役である電子はフェルミ粒子であるから,例のきつい御法度,パウリ排他律に無条件で従わなければならない。 するとどういう事になるであろうか? 図3 を見ていただきたい。 1個の電子を最低エネルギーの静止状態 v=0 に置いたとする。 とたんに,次の電子が静止することはもはや御法度と言うことになる。 仕方がないから,次にエネルギーの低い,小さな速度を持った状態に,いまいましいけれども登らざるを得ない。 その次の電子は…という事情で,電子数が増える度に,電子は高いエネルギーの状態へと順に登ってゆく。


図3電子のフェルミ分布 (テキストに戻る) 

3

たくさんの電子がある場合の最低エネルギー状態が,図3のように,あ る上限のエネルギーと速度まで電子がぎっしり隙間なく詰った状態であることは明らかである。 この上限のエネルギーをフェルミエネルギー,上限の速度をフェルミ速度という。 このようにすし詰めになった電子の集団をフェルミ海という事がある。 フェルミエネルギーを海面に,電子集団を海水に見立てるわけである。 このような電子のつまり方をフェルミ分布という。

普通の金属の場合 1cm3あたりに含まれる電子の数は 10e-22〜 10e-23個の程度で,これは, 世界中の人間の体の細胞の数の総和に匹敵する。 (60兆 × 50億 = 3 × 10e-22) これだけの数の電子を,フェルミ分布に従って詰めると,フェルミ速度は 1000km/sec (光速度の 1/300)という猛烈な早さになる。

ここまで話が進んで来ると,超伝導の発見のところで紹介したケルビン 卿の話のどこが間違っていたのかがほとんど自明になる。 ケルビン卿の用いた古典力学に基づく電子論では,絶対零度において,全ての電子は静止しなければならないはずであった。 ところが真実はどうであったか? 上に述べたように,このような古典物理学的最低エネルギー状態は,知らぬこととはいえ,パウリの御法度を真正面から激しく破っていたのである。 ここが間違いのポイントであり,同時に,古典的電子論と量子力学に基づく電子論の分れ目であった。 最低エネルギー状態で電子は止まるどころではない。 フェルミエネルギー付近の電子は,いやでも 1000km/sec もの高速で走らざるを得ないのである! しかも常伝導,超伝導をはじめ金属のほとんどの性質はこのような,フェルミ海の海面近くの電子によっているから,金属の最も簡単な性質を理解するためにさ え,量子力学がどうしても必要だったわけである。

3.3 金属における電気伝導の量子論的イメージ

これでやっと金属の中での普通の電気伝導 --- 常伝導 --- の話をする準備が出来た。 そんなのはどうでも良いから早く超伝導の話をしろ,という声が聞こえてくるような気がする。 今やっているのは,超伝導という芝居が演じられる舞台の設定のための突貫工事である。 いかに突貫工事とはいえ,舞台の柱だけは揃えなければ開演は無理というものである。 あとわずかなので,もうしばらくご辛抱願いたい。

それでは,乾電池と豆電球をつなぐ導線に電流が流れている時,ミクロ な電子の世界では何が起こっているのだろうか? マクロなレベルでオームの法則に従う電流を,どのように理解したら量子の世界の真実に近いのだろうか?

前節で,金属の基底状態(最低エネルギー状態)とは,速度がゼロから フェルミ速度のところまで,電子がぎっしり詰り,それより高いエネルギーの状態は完全に空いている状態であると述べた。 速度は大きさのほかに方向を持つ3次元のベクトル量だが話を簡単にするために2次元にしてしまおう。 図4の 横軸,縦軸は運動量の x成分, y成分である。 この平面上の任意の点 (vx,vy) は電子のとり得る運動状態に対応している。 速度の大きさは,その点と原点とを結ぶ線分の長さに等しい。 従って,この2次元電子系の基底状態は,原点を中心とし,フェルミ速度vFを半径とする円の 内側にぎっしり電子がつまり,外側が完全に空っぽの状態として視覚化できる。


図4フェルミ分布している電子の運動量空間における詰まり方 (テキストに戻る)

a 電流が流れていないとき, b 電流が流れているとき

4a


この場合,電子の詰まり方は回転対称で,どの方向も同等であるから電 流は流れていない。 電流の方向に対応する特別な方向がないからである。 確かに電子は1000km/secものスピードで飛び交ってはいるが,どの方向 にも大きさが等しく向きが逆の速度状態があるため,電子系全体としての重心は止まっているのである。 オームの法則にしたがう電流を流すには,外界から電場をかける必要がある。

いま,x軸方向に電場をかけたとしよう。 もし電子の運動を妨げるものが何もなければ,オームの法則は決して成立しない。 この場合,直流電場をかけても電場に比例する振動数の交流電流が流れるという奇妙な現象が電子の波動性の結果として理論的に導き出される。 これは理論家の間ではブロッホ振動として知られてはいるが,この現象が観測できるほど純粋な物質はまだない。

つまり,オームの法則にしたがう普通の電流を理解するためには,電子 のフェルミ分布の他に,散乱効果を考慮することが本質的に重要であることが解る。 しかし,この散乱効果を量子力学の言葉で述べることは,専門的になりすぎるとともに本稿の目的から逸脱しすぎるのでやめる。 くわしい計算の結果は,これらの散乱が,電子の平均速度に対する一種の摩擦力と見なせることを示している。 このような古典的とも言える結果になるのは,散乱によって,電子の波としての位相が乱されるためであり,上のブロッホ振動とはこの点で対照的である。 摩擦力は速度に比例するから,電場による加速とともに増大し,やがて電場からの力とつりあう。 このようにして時間的に変化しなくなった平均速度をドリフト速度(流速)という。 この速度は電子系の重心の移動速度という意味があるから,全電流に比例する。 ドリフト速度は摩擦と電場の釣り合う速度だから,当然電場に比例する。 したがって電流が電場に比例するというオームの法則が導かれる。

結局,金属における常伝導とは,電場によって電子系のフェルミ分布に わずかなずれが起こり,電子系の重心が電場に比例する一定の速度で移動することにより起こる。 その際,個々の電子は仲間の電子とは独立に,ほぼフェルミ速度程度の高速で走り回り,ときどき不純物などと衝突する。 この衝突を統計的に扱うと摩擦に似た効果が出てドリフト速度が決まり,オームの法則にしたがう電流が導き出されるというわけである。

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4.超伝導の現象論的理論

さて,急ごしらえとはいえ,舞台設定が一応済んだので,いよいよ超伝 導がなぜ,どのようにして起こるかという話に移ろう。 出来上がった超伝導理論を紹介するよりも,研究の流れに沿って,いくぶん科学史的な書き方をとる方がよさそうだと思う。

4.1 超伝導状態の''硬さ''とエネルギーギャップ

マイスナー効果の説明のところで,あたかも電子が互いに協力し,硬い スクラムを組んで,磁場の進入を拒んでいるかのようのに見えると書いたことを思い起こしていただきたい。 超伝導をこのように電子系の硬さとしてとらえたのは,実はイギリスのロンドン兄弟(F. London と H. London)が最初であった。

彼等は,マイスナー効果に超伝導の本質があると考え,深く洞察した結 果,ある簡単な式が成立すると仮定すれば,超伝導のさまざまな性質を定性的に導くことができる,ということを発見した。(1935年) その式の内容は,超伝導体中の電流が普通と異なり,電場にではなくベクトルポテンシャルと呼ばれる量に比例するというものである。 そんな言葉は聞いたことがないという読者もおられると思う。 ベクトルポテンシャルとは,それを時間や空間座標について微分すれば電場や磁場が得られるという便利なもので,いわば電磁場の不定積分のようなベクトルで ある。(実は,この量には,光の量子 --- 光子 --- の波動関数というより直接的な物理的意味がある) この式と,電磁気学の基本方程式(マック スウェル方程式)を組み合せると,なんと超伝導の二大特徴 --- 電気抵抗ゼロとマイスナー効果 --- が理論的に導き出されてしまうのだ。 超伝導の最も本質的な特徴が導かれる以上,ここにはきっと真実の一端があるに違いない。 しかし,ロンドン方程式の根拠が電子論の観点から明らかにならなければ,超伝導が解ったことにはならない。

ロンドン方程式の基礎を量子力学の波動関数の性質に求めようという試 みが F. ロンドンによってなされた。 電子の波導関数が,なんらかの原因で``硬く'' なればロンドン方程式が出るというのである。 ここで,波動関数が硬いとは,量子力学的な状態を空間変化させようとすると,エネルギーの増加が極端に大きくなるため,量子系がその変化を拒んで空間的に 一様な状態に留まろうとする傾向を意味する。

量子力学によれば,電流は,物質中の電子の運動量に由来する部分と, 電磁場の運動量に由来する部分からなっている。 前者は電子の波導関数の曲がり具合(空間微分)で決っており強い常磁性を,また後者は波動関数の大きさと ベクトルポテンシャルで決っており強い反磁性を引き起こす性格のものである。波動関数の曲がりが電流に関係するのは,量子力学において運動量が空間微分に 対応しているからである。 通常は,これら2つの寄与がほぼ打ち消しあっており,わずかな残りの符号によって,物質の磁性が決定されているのである。 もし,波動関数を硬くて曲がりにくくする機構があれば常磁性的な部分が消えてしまうから,大きな反磁性がその全容を現すであろう。 これがロンドン方程式であり,マイスナー効果であると言うわけである。 これによると超伝導は電子系波動関数が硬いため電子の重心運動量がいたるところゼロになる現象ととらえられる。ロンドンはこれを運動量の長距離秩序と呼ん だ。 このロンドンの硬さ''の概念は,超伝導の中心的な概念であるエネルギーギャップの存在と,運動量空間における秩序の重要性を強く示唆し,後で詳し く述べるBCS 理論の建設に重要なヒントとなった。

ロンドンのいう硬さが,なぜエネルギーギャップの存在を示唆するのか を直感的にイメージするために,力学のアナロジーの助けを借りよう (図5)。 ボーリング場のレーンの上に,あの大きなボールが静止しているとする。 これを指先で軽く押せば,ボールは滑らかにしずしずと動き出すであろう。 つまり指先のわずかな力が,ニュートンの法則に従って,ボールの運動状態を変えたわけである。 次に,レーン上にボールの直径よりも小さい穴をあけ,ここにボールをおいて,もう一度さっきの実験を繰り返したとしよう。 容易に想像できるように,この場合はかなり頑張ってもボールはビクともしない。 なぜか? 理由は簡単である。 この場合,ボールは重力ポテンシャルの低い状態にあり,レーンの平面上に登って動き出すためにはポテンシャルエネルギーのギャップを越えることが必要なた めである。 ポテンシャルエネルギーにギャップが出来たために,ボールは小さな外力に対して応答するのを拒むようになったのである。 ボールの並進運動は穴のせいで''硬 く''なってしまったと言ってよい。


図5力学的エネルギーギャップと運動の硬さ (テキストに戻る)

a ポテンシャルが平らな時(ボールの重心の高さがどこでも同じ時)どんな小さな力でも、ボールは運動をはじめる(正常状態の``軟らかい''波動関数に対応 する)。

5a

b 重力ポテンシャルによる``エネルギーギャップ''のため、ボールは小さな力に対し運動を拒否する(超伝導状態の``硬い''波動関数に対応する)。

5b
量子力学的な系でも事情は似たようなものである。基底状態にある電子 系の状態を変化させるためには,よりエネルギーの高い励起状態を混ぜなければならない。 このとき,励起エネルギーにギャップがあると,小さなエネルギーしか持たぬ外力に対し電子系は変化を拒み,基底状態に留まろうとするであろう。 エネルギーギャップのせいで電子系の波動関数が硬くなったのだ。

超伝導状態にエネルギーギャップが存在することは1950年代半ばに なって,低温における電子比熱の測定から明らかになった。 比熱とは,温度を1度上げたとき,物質が1グラムあたり吸収する熱量である。 もし,エネルギーギャップが存在したら,そのギャップより小さい熱エネルギーは物質から受取りを拒否されるため熱の吸収はおこらず,その分だけ比熱が小さ くなると言うわけである。 超伝導状態で行われた実験の結果は,まさにこの事情を,如実に物語るものであった。 電子系の比熱のデータは,温度の低下とともに指数関数的な減少を示していたのである。 この関係を片対数プロットするとギャップの大きさが求まる。

実験結果から,ギャップの大きさが一電子あたりの熱エネルギーの 3〜4倍 程度であり,この比は,超伝導体の種類にあまり依らないことが間もなく明らかになった。 そのようにして実験的に得られたギャップの大きさが金属電子の特徴的エネルギー --- フェルミエネルギー --- に比べて圧倒的に小さい事に注目していただきたい。 金属のフェルミエネルギーは,温度目盛に換算すると数万Kの程度であるのに対し,ギャップは数K〜10Kで ある。 この事実は,超伝導の理論を作る上で極めて重要な手がかりになった。 超伝導に参加している電子が,フェルミ海の表面近くの,1万分の1程度の薄皮の部分 に事実上限られていることが解るからである。

それに対して,先に述べた正常状態には,このようなギャップは存在し ない。 これはすぐ納得できる。 この場合の基底状態は,フェルミ海であった。 励起状態を作るには,海の中から電子をとりだし,海の外側におけば良い。 この操作は,いくらでも海面に近いところで可能だから,どんなに小さなエネルギーでも励起状態を作ることが出来る。 だから,エネルギーギャップは存在しない。 その結果,正常状態の比熱は絶対温度に比例して,低温でゆっくり減少するだけで,超伝導状態の場合と異なり指数関数的なはげしい減少はない。

どうやら,エネルギーギャップの存在が超伝導状態の最も基本的な性質 で,そこからロンドン方程式,マイスナー効果,熱力学的性質など重要なことがらがすべて導き出せるようである。 われわれは,いよいよ超伝導理論の核心の一つに迫ってきたらしい。 しかし,まだ何か変ではないか? ロンドンの現象論では,電子の運動量は超伝導体全体にわたって全く同一の値(超伝導電流が流れていない状態では0)という事になる。 この考えは運動量もエネルギーもバラバラの運動状態を強制するはずのパウリ原理と矛盾しないのだろうか? パウリの御法度は超伝導状態では特別にお目こぼしになるのであろうか?

そんなはずはない。 超伝導状態になったとて,電子は電子,その素粒子としての本質にいささかの変化もない。 パウリ排他律には,フェルミ粒子である限り,どのようなエネルギースケールにおいても,厳密に従わなければならない。 いつか量子力学が,大きく書き換えられることがあったとしても,この原理だけは,そのまま書き換えられずに残るだろうと言われるほど,根本的で厳しい掟な のであって,お目こぼしなどとんでもない。 だから,パウリに叱られず,しかもロンドンのアイデアが生きるような,そんな新しいアイデアを捜がさなければならないのだ。

4.2 ボーズ粒子とボーズ凝縮

では,パウリ排他律に抵触しない,うまい考えはあるだろうか。 これに対する答はある意味では簡単である。 ボーズ粒子の世界にはパウリの威光はとどかない。 電子を偶数個組み合せてボーズ粒子にしてしまえば,上の困難は解決するように思われる。 (問題が,それほど甘いものでないことはすぐにわかるのだが…) 電流の担い手がこのようなボーズ粒子なら,前節に書いたように極めて協調的な性格を持つから,全部が同一の運動量を持っていることはいっこうにかまわない 事になる。 この場合の基底状態は,明らかに,全ての粒子の運動量がゼロになった状態である。 マクロな系に含まれる 10e-22個ものボーズ粒子が運動量がゼロと いうただ一つの量子状態を占めるとき,これをボーズ凝縮という。 このような凝縮状態は粒子密度の2/3乗に比例する特性温度以下で実現することが知られている。

ソ連の理論家ランダウ(L.D. Landau)は,凡人の追随を許 さぬひらめきと洞察によってたくさんの難問を解決に導いたが超伝導についても神秘的とも言える直観力を発揮した。 彼と弟子のギンツブルク(V.L. Ginzburg)との論文(1950) は,現在でもそのままの形でよく使われるほど完成度が高く,超伝導の現象論として大成功を納めた。 その成功の鍵は,巨視的な超伝導体全体がただ一つの波動関数で記述でき,しかも,有限温度における自由エネルギーはこの波動関数の形によって決るという大 胆な仮定にあった。 ここには驚くべき発想が2 つ含まれている。 1つは,個々の電子などのミクロな存在ではなく,巨大な数の電子を含むマクロな超伝導体全体が,ただ一つの 量子状態にあるという考えである。 もう1つは,波動関数であるにもかかわらず,不確定性や確率解釈などミクロな量子力学でおなじみの性質は問題にならず,磁性体の磁化や誘電体の分極のよう な古典的物理量と同様の扱いが許されるとした点である。 彼等はこの仮定のおかげで,ランダウ自身による二次相転移の一般論を超伝導体に適用することができ,大きな成功をめたのである。

このような不思議な波動関数が許される唯一の道はボーズ凝縮である。 ボーズ凝縮が起こると,もともとは量子的揺らぎ(不確定性)のために確率解釈しか許さなかった波動関数が,古典的な観測量になることは今日では良く認識さ れている。 ひとことで言うと,このような系にも量子ゆらぎは存在するけれど,今や観測量になった波動関数の大きさに比べればゆらぎは無視してよいと言うことである。 この事情は,たとえば調和振動子の量子力学的記述が,量子数の大きい極限で古典力学に限りなく近づくという,ボーアの対応原理と本質的には同じことであ る。

ギンツブルク・ランダウ理論の大成功は,このようにして,超伝導の本 質にボーズ凝縮が決定的に重要であることを,なかば証明してしまったようなものであった。 それでは,超伝導の電子論に戻って,一体具体的にどのようにしたら金属中の電子系にボーズ凝縮を起こさせることが可能だと言うのであろうか。

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5  超伝導の微視的理論 --- Bardeen-Cooper-Schrieffer(BCS)理論

この問題を解いたのは,ジョン・バーディーン(John Bardeen)をリーダーとする米国イリノイ大学の理論家達であった。 バーディーンはトランジスターの発明者の一人として1956年のノーベル物理学賞を授与されたことでも有名な人である。 その受賞の年1956年は,超伝導の謎解きの研究がいよいよ最終段階を迎えた年でもあった。

5.1 クーパー対

超伝導体中で,電子が何をやっているのかについて,重大なヒントを発 見したのはバーディーンの若い共同研究者クーパー(L.N. Cooper)であった。 彼は,超伝導体中の膨大な数の電子を扱う前段階の,いわば練習問題として,静かなフェルミ海の外側に2個の電子を持ってきて, 電子間に働く相互作用の効果を分析したのであった。 2個の電子だけに相互作用によって運動状態を変えることを許し,その他大勢の電子達にはフェルミ海の 中でおとなしくしている事を命ずるような問題設定をしたのである。 これは十分単純な問題なので,量子力学の基礎方程式を用いて,わりあい簡単に解くことができた。

彼の結論は,2つの電子の間に引力がありさえすれば,それがどんなに 弱いものであろうと,フェルミ海の反対側にある,ちょうど逆の運動量を持った2つの運動状態が組み合せられた束縛状態を作る,というものであった (図6-a)。 この,引力に対する異常な敏感さの起源をたどると,結局フェルミ海の存在に行き着く事が彼の計算から明らかであり,従ってこれもいわばパウリのおかげなの である。 束縛状態の方がエネルギーが低いので,電子は十分低温で対を作る。 この電子対は,クーパー対と呼ばれている。


図6 クーパー対

a クーパー対の運動量空間におけるイメージ (テキストに戻る)
球は静かなフェルミ球。クーパー理論の設定では、フェルミ球内部の電子は運動の自由度が与えられていない。外側からつけ加えられた2個の電子の間にわずか でも引力があると、クーパー対といわれる複合粒子を作る。

6a

b クーパー対の実空間におけるイメージ (テキストに戻る)
波動関数は、クーパー対の大きさの確率分布を表す。コヒーレンス長は、対の大きさといってよい。

6b

クーパー対はスピン1/2の電子が2個結び付いて作られる複合粒子で あるから,合計のスピンは0または1となり,いずれにせよボーズ粒子としての性格を持っている。 それなら超伝導理論は簡単! フェルミ面近くの電子を組み合せたくさんのクーパー対を作り,その結果出来上がったボーズ気体に対してボーズ凝縮の理論を適用すれば良い!

ところが,これでもまだ超伝導理論としては不十分なのである。 対の大きさをクーパー理論から計算すると,約10-4cm (1ミクロン)という,原子的スケールから見るととんでもなく大きい値が出てくる (図6-b)。 このことは1つのクーパー対の中に100万個もの同様なクーパー対が折り重なっていることを意味する。 こうなると,個々のクーパー対が独立した粒子で,それらの作る気体がボーズ凝縮をするという素朴な描像で超伝導を理解するのは正しくない。 もし,クーパー対の半径がずっと小さく,対どうしが互いに他を外側から見るという状況ならば,このような描像はそのまま正しかったであろうが,実際には対 どうしは折り重なって存在しているため,その構成要素である電子どうしが出会ってしまうので,やはりパウリ原理を忘れるわけにいかないからなのである。

5.2 BCS状態 --- 対相関 ---

これでやっと,超伝導の電子状態について語れる段階に達した。 少し,整理してみよう。 超伝導状態は,基本的にはクーパー対のボーズ凝縮状態として概念的にとらえることができるが,対がはげしく重なりあう結果,パウリ原理も忘れることができ ないということであった。 パウリ原理に矛盾しないように超伝導状態を作り上げなければならないのである。 もう一つ大事なヒントとして,比熱などの実験から示されるエネルギーギャップがフェルミエネルギーの1万分の一程度と極めて小さいことを思い起こしていた だきたい。 このことは,電子の分布の様子は,フェルミ面付近の1万分の1程度の薄皮を除けば超伝導状態と正常状態とでほとんど同じであることを示してい る。 すると,超伝導状態は,前にフェルミ気体の基底状態を作ったやり方と良く似た方法で作るのが妥当だろうという考えに達する。

ただ一つ異なる点がある。 理想フェルミ気体の場合は電子の運動エネルギーを最小にするような電子配置が選ばれたが,超伝導の場合クーパー対を作る電子間引力の効果が重要であるか ら,運動エネルギー + 相互作用エネルギーを最小にするように電子配置を選ぶ必要がある。 小さいといっても相互作用エネルギーが付け加わったため,正常状態の場合のように運動エネルギーの低い状態から順番に電子を詰めてゆくという手続きでは, 全エネルギーの最低状態へたどり着けないのは明らかである。

BCS状態は,このような思考過程にたって,次のような巧妙な手続き をふんで導かれた。クーパー対のアイデアを生かすため,電子を1個づつではなく反対の運動量を持つ2つの組を単位として真空状態に付け加えてゆく事にす る。 但し,これでも下から順番に詰めてゆくとしたら,正常状態と同じになってしまう。 そうではなく,ある''確率''で電子対を加えることにするのである。 すると,正常状態の場合とは異なり電子分布の上限 --- フェルミ面 --- というものは消えてしまう。 海面下に穴がいっぱいあき,海面上に粒子がいっぱいできた結果である。 この穴のあき方,粒子のつまり方は先程の''確率''により決るが,同時に全エネルギーを一意的に決めてしまう。 このようにして計算される全エネルギーが最小になるように,2電子を付け加えるときの確率を決定すれば良い。 これがBCS理論の核心である (図7)。


図7 BCS状態の運動量空間におけるイメージ (テキストに戻る)

電子間引力を生かして、エネルギーをめいっぱい下げるために、フェルミ海(球)の内側から電子を取りだし、外側につけ加え、たくさんのクーパー対を作った 状態。電子の取りだし方、つけ加え方は勝手でなく、逆向きの運動量を持つ状態は、ともに電子によって占められているか、またはともに空席になっているかの いずれかである。これを対相関という(本文参照)。点で表される電子の配置は、全エネルギー(運動エネルギー+引力エネルギー)が最小になるように決めら れる。これが超伝導理論の核心である。

7
このように電子が対単位で状態を占めることを対相関という。 この考え方は, 2電子に対するクーパー理論を全電子系に応用するときに工夫された,独創的なアイデアであるが,同時にこれは,超伝導電子系がエネルギー を下げるための精妙な原理を正しくに見抜いたものでもあった。 このような相関によって,電子系は引力のメリットを最大限生かせるのである。 もし,この相関を考慮しないと,電子のフェルミ統計性がそのまま効いて,計算の過程で波動関数の符号を激しく変えるため,せっかくの引力の効果が消えてし まうのである。 対相関の導入により,計算の過程で生ずる粒子の入れ換えが電子単位ではなく電子対単位になるため,波動関数の符号の反転がなくなる。 その結果引力を最大限利用してエネルギーを下げることが可能になるのである。この意味で,対相関はフェルミ粒子をボーズ粒子化していることになる。

5.3 巨視的量子現象

先に述べたように,クーパー対に独立したボーズ粒子というアイデン ティティーを与えることは物理的に正しくない。 それでも,ある条件のもとではクーパー対のボーズ凝縮を,独立したボーズ粒子の集団の場合と同様に実現することが可能である。 その条件とは,全ての対が完全に調子をあわせて回転するということである。

孤立したクーパー対のイメージを強いて言えば,2つの電子が,まるで 連星のように互いに相手の周りをぐるぐるまわっている状態である。 ちょうど水素原子に対するボーア模型の電子と陽子のように。 いま,このような対が,互いにその内部に進入するほど寿し詰め状態におかれたとする。 もし,それぞれのクーパー対の回転角がてんでバラバラだったらば,対を作る電子同志があちこちで衝突し,その結果どのクーパー対も周りのクーパー対の内部 構造を見るはめになる。 すると対同志が互いに内部状態を歪めあう結果,エネルギーが上がり,ボーズ凝縮によるエネルギーの得をかなり打ち消してしまう。

この事情を直感的に解っていただくために,再び力学のアナロジーを用 いた説明を試みよう。 広い滑らかな床の上に, 図8の ように長い棒がたくさん並んでいると想像していただきたい。 棒の平均間隔は棒の長さよりずっと小さいとする。 いま,これら全ての棒を同一の回転数で回そうとしたとする。 簡単に想像がつくように,回転開始のときの棒の向きがバラバラだったらば,あちこちで衝突が起こり,全体的な回転は無理である。 しかし,もし全ての棒が,常に共通の向きを向いているならば,全体が滑らかに回転することが可能であろう。 この棒がクーパー対の2つの電子をつなぐ線分 に対応すると考えれば,ここに書いた棒の集団の運動はBCS状態とそれなりに対応している。


図8 BCS状態のイメージ(力学のアナロジー) (テキストに戻る)

8
各々の棒の回転半径の中に多数の棒が含まれ,それらの重心は床に対し て静止しているが,共通の向きを保持しながら回転している,と言うわけである。 全ての棒の重心が止まっているのは,運動量がゼロの状態へのボーズ凝縮に対応する。 また,棒が回転しなければならないのは,水素原子の最低エネルギー状態出でも電子が陽子の周りを回転しなければならぬのと同じ,量子力学系特有のゼロ点振 動効果をシミュレートしているものと考えてくだされば,この棒の集団のイメージから,BCS状態のイメージがかなり正確に描けたと言ってもよいであろう。

このようにして,超伝導の基底状態では全てのクーパー対の回転は,2 電 子を結ぶ線がすべて平行である状態を保ちながらまわっているという事になるから,この系には全系に共通な角度が定義できる。 適当な瞬間に,たとえば時刻ゼロに,この共通の角度を計ったとする。 この角度を超伝導対の位相という。 この位相は,クーパー対の波動関数を複素数と見たときの位相と本質的に同じものである。

超伝導の基底状態では,波動関数の位相という,量子力学特有の量が超 伝導体全体にわたって共通の値を保持していることが解っていただけたであろう。 これは,われわれが見たり触ったりできるほどの巨視的な物体が,水素の基底状態 (1s状態)と同様,一つの波動関数の中にいるわけで,いわば,巨大な原 子が出現したようなものである。 通常の場合,波動関数の広がりは,普通の原子分子の広がりの程度だから,せいぜい1億分の数センチであることを考えると,たいへん驚くべきことである。 超伝導は,よくマクロな量子現象の代表例に挙げられるが,それはこのような意味なのである。まさにミクロな世界特有の秩序,ふだんわれわれには隠されてい る神秘の秩序が,おごそかにわれわれの眼前に顕現した,とでも言いたくなるような感じが,そこにはある。

原子や分子ならば,その体積にほぼ比例する反磁性を出すのは良く知ら れているから,それが巨視的になったものとしてマイスナー効果も理解できそうだ。 いやそれどころか,現象論の決定版であるギンツブルク・ランダウ理論の出発点もこれで納得できる。 実際,BCS理論を転移点近くでエネルギーギャップについて展開するとギンツブルク・ランダウ理論が自動的に導き出されることを,ランダウ門下のゴルコフ (L.P. Gorkov)が示し,ミクロな理論とマクロな理論の関係が完全に明らかになったのである。

5. 4 磁束の量子化

超伝導が巨視的量子現象であることを,さらに明瞭に示す実験がBCS 理 論のすぐ後に現れた(図9) 。超伝導体で作ったリングの中に入る磁力線の数はあるとびとびの値に限られ,勝手な値は禁止されるという現象である。 もう少し正確に言おう。 リングの中空部分を通る磁場の面積分(平均磁場 × 中空部分の面積)を,このリングを通る磁束と呼ぶが, この磁束がある単位磁束の整数倍しか取り得ないと言うのである。 この不思議な現象を磁束の量子化という。 このときの磁束の単位は磁束量子と呼ばれ,MKSA単位系では h/2e という極めて単純な式で現される。 だだし,h はプランク定数,e は電子の持つ電荷(素電荷)である。 この簡単な表式は,超伝導が2つの電子を単位とする現象であることを,簡潔かつ明瞭に物語っている。


図9 磁束の量子化 (テキストに戻る)

超伝導体の``あな''の中に入れる磁束は量子化されている(磁束量子 Φ0=h/2e の整数倍しか許されない)。

9
磁束が磁束量子の整数倍しか許されないと言うときの,その整数n とは一体どんな意味があり,なぜ現れるのだろうか。

量子力学がもたらした認識によれば,物質的実体(原子,素粒子, …)も, 物質の取り得る状態も本来不連続である。 その不連続性を決めているのがプランク定数や素電荷である。 ただ,われわれが五感を以て認識できる世界 --- 巨視的世界 --- のスケールがこれらの基本量から見て余りに巨大であるため,自然は飛躍せずという根拠のない先入観を抱きがちなだけである。 しかし,量子力学の結果である整数性が,磁束のような巨視的な観測量に現れると,そんなしたり顔ではいられない。 やはりとっても不思議である!

この整数$n$の物理的意味は極めて明解で,超伝導の波動関数の位相 がリングに沿って何回回転したかを現す回転数である。 ロンドンの話をしたときに,波動関数が空間変化をすると,その傾きに比例する超伝導電流が流れることを述べた。 従って,位相が回転しているこの状態ではリングに沿って超伝導電流が流れていることが解る。その際整数が出て来るのは,位相が角度変数で,輪に沿って1周 して出発点まで戻ってきたときの全変化は360度の整数倍でなければならないからである。 この事情はボーアの原子模型において整数(主量指数と呼ばれる)が持ち込まれた事情と本質的に同じである。 この場合,電子の軌道の長さが物質波としての電子の波長の整数倍であること,換言すると,軌道上を一周して戻ってきたときの電子の波動関数の位相変化が 360度 の整数倍であるべしという理論的要請が,原子物理に整数が持ち込まれた理由であった。 磁束の量子化は,従って,巨視的なスケールにわたって量子力学特有の波動性が現れたことを最も明瞭な形で示していると理解できる。

5.5 永久電流

このことが解ると,超伝導電流がなぜ永久電流の名が不当でないほど減 衰せずに流れ得るのかも理解できる。 超伝導リングに磁場をかけたとき,リングの中に閉じ込められた磁束量子数nがゼロでないとする。 上に述べたように,このとき,リングに沿った超伝導電流が流れている。 磁場を取り去っても,磁束は閉じ込められたままで,超伝導電流は同じだけ流れている。 なぜか。 n回巻き付いた位相を解く電流が減衰してゼロになるためにはn回巻き付いた位相のねじれを解いてねじれのない状態に戻さなければならないが,こ れが極めて困難だからである。 正確には,このようなことが起こる確率はゼロではないが,実際には途方もなく小さい数になる。 この確率はリングの断面積 ×クーパー対の半径という体積の中に生じる超伝導凝縮エネルギーと熱エネルギーの比の指数関数の逆数に比 例する。 低温では,たとえ宇宙の年齢の何倍も待ち続けたとしても,nが一つ減る現象さえ見られる望みはないことになる。かくして,''永久電流''は,神はいざ知 らず,人間にとっては真の永久電流と言って何の差障りもない事になる。 大切なところなので,繰り返そう。 巨視的な量子性のため,リングに閉じ込められた磁束,リングに沿った位相の回転数および電流は,とびとびの値を取ることを強いられている。 これらのとびとびの値を持つ状態の間は,超伝導凝縮エネルギーに等しい大きさの巨大なポテンシャル壁で隔てられいるため,低温ではこの壁を越えて電流を減 衰させることが実際上不可能なのである。 結局,永久電流を支えているのは巨視的量子性と超伝導凝縮エネルギーという事になる。

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6.引力の発生機構

ここまでで,超伝導の理論の本質的な点については一応理解していただ けたのではないかと思う。 しかし,これまで直接触れずに来た問題が一つある。 それは,クーパー対を作るときに必要な引力がどのようにして生ずるのかという問題である。 電子は負の素電荷を持つから,電子同志は互いに反発しあうはずなのに,引き合うことが本当にあり得るのだろうか?

BCS理論よりも23年も前に同様の問題に取り組んでいた理論家がい た。 若き日の湯川秀樹博士である。 彼が研究していたのは,原子核のなかにあるはずの新しい力であった。 今日良く知られているように,原子核は正の電荷を持つ陽子と電荷を持たない中性子がほぼ同数づつ集まってできている,10兆分の 1cm (水素原子の大 きさの10万分の1)程度の塊である。 もし,電荷の間に働くクーロン力以外に何の力もなかったらば, 原子核は瞬間的にバラバラになり,どんな原子も,従ってわれわれ自身も存在できなかったことであろう。 だから,当時知られていなかった,全く新しい力が存在しなければならないのは明らかであった。

当時発展途上だった場の量子論は,クーロン力が光子(光の量子)の交 換から生ずることを示していた。 これにヒントを得た湯川博士は,質量を持たぬ光子と違って重たい,未知のボーズ粒子が,陽子や中性子の間でキャッチボールされることにより,強い短距離引 力が生じ,これが原子核をまとめているとの考えを定式化した。 この力は今日では核力,あるいは強い力と呼ばれている。 湯川理論でその存在が要請されたボーズ粒子は,その後実験によって3種類あることが確認され,π+, π0, π- と命名された。 これが日本に最初のノーベル賞をもたらすことになったことは,誰でも知っていることである (図10-a)。


図10 ボーズ粒子の交換による引力

a 原子核の中で、陽子pや中性子nは湯川中間子π(ボーズ粒子の一種)をやりとりすることにより引き合う。(テキストに戻る)

10a

ど んな''力''も,その実体は,ある種のボーズ粒子の交換である。 これは,今日の量子論においても,最も基本的な考え方のひとつである。

で は,超伝導に戻ろう。 クーロン力に打ち勝って電子同志を結び付ける引力の背後に控えるボーズ粒子は一体何者か。 これまで発見された圧倒的大多数の金属超伝導体の場合,答えは結晶格子の振動の量子 --- フォノン --- である。 固体を金槌で叩いた時コチンと音がするのは,結晶の中にイオンの波動が作られそれが周囲の空気を振動させ,われわれの耳に達するからである。

金 槌で叩くかわりに,電子が結晶中を走っても同様のことが起こる。 電子は負の電荷を持つから,正の電荷を持つ金属イオンを引き付けながら結晶中を走るであろう。 すると,電子の通った後には,イオンが引き寄せられ,周りより正の電荷を帯びた領域が,ちょうど青空の中の白い飛行機雲のように,格子振動の周期程度の短 い時間だけ残るであろう。 このように電子が格子を少し歪めるとき,場の量子論の言葉では電子がフォノンを発射したと表現するのである。その変形領域に,他の電子がやってきたらばど うなるか? この電子は,プラスの電荷密度が濃いこの領域に引き寄せられることであろう。


b 超伝導になる金属では、電子同士がフォノン(これもボーズ粒子の一種)の交換によって引き合う。(テキストに戻る)

10b

この一連の過程は,フォノンの媒介により2つの電子の間に引力が働い たと見ることができる(図10-b)。 イオンは重くて反応が鈍いので,はじめの電子は遠くに離れている。 そのため電子間のクーロン力は実効的に弱くなり,フォノン引力は比較的容易にクーロン反発に打ち勝ち,全体として引力になることが一般的である。 これが実際超伝導の原因となっているであろう事は,実はBCS理論以前から十分認識されていた。 超伝導体の金属イオンを同位元素で置き換えたとき,転移温度が同位元素の質量の平方根の逆数に比例して変化するという現象 --- 同位元素効果 --- が1950年に発見されていたからである。 これは転移温度がフォノンの振動数に比例していることを強く示唆していたからである。 フォノンが実際,電子の仲人役であることはその後トンネル効果などさまざまの実験によって疑う余地のないものとなった。

2つの超伝導体を薄い絶縁膜を介して接触させた素子で起こるクーパー 対のトンネリングはジョセフソン効果という極めて重要な現象を引き起こす。 この現象は上に述べてきた超伝導秩序の一面 --- クーパー対の位相 --- の実在性を証明すると同時に,磁場の精密測定の手段を提供し,人間の悩の働きの解析にも役立つ見通しさえ出てきた。

この長い話も,ようやく終りに近付いてきた。 話のはじめに出てきた高温超伝導は,フォノン交換によるクーパー対形成と相互作用のボーズ凝縮により超伝導が起こるとするBCS理論に,いろいろな方向か ら再検討をうながしている。 BCS理論の正しさは変らないのであるが,他のやり方でも超伝導が可能なのではないかと言う検討である。 実際,酸化物系の驚くべき転移温度は上の意味のBCS理論では説明できそうもない。 なんらかの意味でBCS理論を拡張する事が求められているのだ。 それがどのような拡張になるのか明確に知る者はまだ誰もいない。 しかし,この問題の解決の上に,21世紀の物性物理学と超伝導応用文明が築かれるのは, おおいにありそうなことだと筆者には思われる。

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用語集

超伝導状態: 主要用語による背景説明

     電子:超伝導の「主役」。超伝導という劇は「電子」と黒子役のフォノンによって演じられる。 超伝導体だけでなく金属など全ての固体の性質(色や電気の通 りやすさなど)は、ほとんどの場合、その中にある電子のふるまいによって決定される。超伝導状態になると、電子集団はきわめて完全な「秩序」を持つ。 こ の秩序状態を理解することが超伝導理論の第一歩である。

常伝導: 「オームの法則」が成り立つ普通の電気伝導。「超伝 導」の言 葉に対して用意された言葉。

超伝導: 「電気抵抗ゼロ」、「磁力線を受けつけなくなる」など きわめ て特異な性質を示す状態。 普通、超低温域(−273℃から−250℃程度)で生じる現象であるが、われわれの 生活環境の温度−「常温(超伝導の世界では 高温といわれる)」−でこの現象が得られれば、多方面の応用が考えられ「超伝導文明社会」の出現が予想される。

転移点: 「臨界温度」ともいう。常伝導から超伝導に移る温度。 水銀で −268.8℃ (絶対温度で4.2度)。温度が下がると物体は自らのエネルギーを低くする状態になるが、この温度を境として、物体の電子は「完全な秩序状態」に「転移」 し、転移点前後で「エネルギーギャップ」を生じる。

酸化物高温超伝導体: 超伝導になる物質は,金属ばかりでなく、 酸化物 であるセラミックの仲間にもあることが数年前から相ついで発見されつつある。これらの酸化物超伝導体の中には,金属では全く考えられなかったほどの「高温」(それでも最高で−150 ℃)の転移点をもつ物質もあり、「常温」超伝導の夢を実現する可能性を持つ物質群として熱い視線が注がれている。

古典力学: ニュートンの力学,マックスウェルの電磁気学,ボル ツマン の統計力学など19 世紀末までの物理学の総称

量子力学: 原子・分子やそれよりも小さな世界は古典力学は破綻 する。  この世界特有の物理法則の集大成が量子力学である。

オームの法則: 超伝導体以外の普通の導体では,導体の両端の電 圧は電 流に比例する。これをオームの法則という。 この時の比例係数が電気抵抗である。

マイスナー効果: 超伝導状態になると磁力線が完全に外部に押し 出され る現象。

素粒子: 物質を分割してゆくとき最後に達する分割不可能な基本 粒子。  電子,陽子,中性子などがその例である。

スピン: 素粒子の自転のいきおいを示す量と考えてよい。 古典 力学で の自転と異なり,とびとびの値しか許されない。 許される値は整数 0,1,2,3,... またはそれに1/2を加えた1/2,3/2,5/2 ..(半 奇数)だけである。

フェルミ粒子: 半奇数スピンを持つ素粒子。 電子,陽子,中性 子は フェルミ粒子の仲間に入る。 この仲間にはパウリ排他律とよばれる厳しい掟により仲間と異なる運動状態をとることを強制される。 (フェルミ統計) この ため多数の同種粒子があるとき,最低エネルギー状態でも粒子の速度は0からフェルミ速度と呼ばれる条件まで分布している。(本文 3.2節参照)

ボーズ粒子: 整数スピンを持つ素粒子。 光子(光の量子),湯 川中間 子などはこの例。 フェルミ粒子と正反対の融和的性格で,同じ運動状態を何個の粒子がとっても構わない。(ボーズ統計) このため最低エネルギー状態は, すべての粒子が静止した状態になる。( ⇒ ボーズ凝縮)

統計性: 多くの同種粒子を可能な状態にわりふるきまりのこと。  すべ ての素粒子はそのスピンの値によりフェルミ統計またはボーズ統計のいずれかに従う。

パウリ排他律: フェルミ粒子は同じ状態に2個以上入ることが厳 禁され る。 この排他的禁令をいう。

クーパー対: 2つの電子の間に引力があると,これらは束縛しあって 対を作る。 この対をクーパー対という。 クーパー対はボーズ粒子としての性格を持つ。 電子の仲人役(引力の原因)は,普通の金属の場合フォノン(音波 の量子)であることがわかっている。

ボーズ凝縮: ボーズ粒子系が,低温で示す特異な現象。 アボガ ドロ数 程度の巨大な数の粒子が完全に同じ運動をする。 最低エネルギー状態では,すべての粒子の速度が0にそろっている。 

BCS理論: 超伝導の標準理論。 1957年,当時イリノイ大 学にい た Bardeen, Cooper, Schriefferの3人によって提出されたのでこう略称される。 超伝導状態をクーパー対がボーズ凝縮した状態として定式化した理 論。 最近見つかった酸化物高温超伝導体にこの理論が当てはまるか否か,現在真剣に検討されている。 確実な答はまだわかっていないがBCS理論がなんら かの意味で拡張を求められているのは確かなようだ。

基底状態: 量子力学的な系において,最もエネルギーの低い状態 をい う。 厳密には絶対零度でのみ実現される。

励起状態: 基底状態にある量子系にエネルギーを与えると,系は よりエ ネルギーの高い状態をとり得るようになる。 基底状態よりも高いエネルギーをもつすべての状態を励起状態という。 (日常語でいえば興奮状態に近い) こ の状態変化に必要なエネルギーを励起エネルギーという。

エネルギーギャップ: 基底状態と励起状態が連続的につながって いない とき,エネルギーギャップがあると言う。

波動関数: 量子力学において,その絶対値の2乗を取れば,系が 特別な 状態を取る確率を表すという意味を持つ複素関数。 波動関数はシュレディンガー方程式と呼ばれる基礎方程式の解であり,これをもとにどんな物理量も計算で きるという基本的意味をもつ。

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Copyright(C) (株)東京電力発行[ILLUME]1990 Vol.2 No.1 pp.22-44
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